ビットコインの所有権を巡る「Mt.Gox(マウント・ゴックス)事件」の事案・判決概要

現在、ビットコインを含む仮想通貨の公法上の取扱いに関しては、改正資金決済法等の法律群で徐々に整備されつつあります。一方で、私法上の性質に関しては、定説がありません。

しかし、取引所からのハッキング等の事例では、仮想通貨の所有者が所有権に基づき取引所に返還請求をすることができるかどうかが大きな争点となってくることが想定される(そして実際に争点となった事例がある)ことから、個人的には仮想通貨全体といわずとも、ビットコインに関しての私法上の位置づけに関しての議論がもっと活発にされていてもよいのではないかと思っています。

本記事では国内で現状唯一となるビットコインの私法上の位置づけに踏み込んだ裁判例であるMt.Gox事件に関して、簡単な事案紹介および判決の概要についてまとめたいと思います。

マウント・ゴックス事件(東京地方裁判所平成27年8月5日判決)

これは2014年にビットコインを含む仮想通貨全般の取引を行う取引所「Mt.Gox(マウント・ゴックス)」がハッキング被害に遭い、仮想通貨を喪失。Mt.Goxは最終的に喪失した資産をホルダーに対して返還することができず、破産手続きを開始したため、おkれに対してビットコインホルダーが所有権に基づく破産法62条の取戻権を行使した事件です。

Mt.Goxは当時世界最大の取引所とされており、ハッキングにより盗取された資産は、75万BTCと顧客預かり金28億円相当。当時のレートですら約114億円にも相当するほどでした。同社は民事再生手続きを試みたものの、再生の見込みはないとされ、2014年4月24日に破産手続決定。そして破産管財人が選定される運びとなりました。

これがいわゆるMt.Goxの破産であり、当時日本経済新聞では大々的に取り上げられました。

破産直前のMt.Goxアカウントにはほぼ資力がなく、アカウント内には数百BTCとわずかな法定通貨しか残っていなかったようです。これについてMt.Goxにアカウントを保有していたユーザーが、当該ビットコインは自己が所有権を有するものであるとして破産法62条の取戻権を行使、当該ビットコインの全額の引き渡しを求めて訴訟を提起したものです。

 

東京地裁の判決は一言で言えばビットコインは所有権による保護の客体となる物ではないという判示でした。すなわち我々がビットコインをハッキング、ないしは自身がアドレスへの誤送付におりビットコインを失った(セルフゴックス)場合、所有権に基づく返還請求を行うことはできないことになります。もっともこの場合であっても、あくまでも所有権を行使することはできないにすぎず、判決文ではビットコインを取り巻く法的関係としてなんらかの法的保護が与えられることは事実であり、例えば不法行為に基づく損害賠償請求(709条)などが考えられることが示唆されています。

判決の詳細をみてみると、裁判所は所有権の客体となる要件を①有体物②排他的支配可能性③非人格性の3つであると判示した上で、ビットコインにつき①②の要件を個別に検討しています。

①有体性につき、ビットコインはデジタル通貨でありMt.Goxの利用規約において「インターネット上のコモディティ」とされていること、「仕組みや技術はもっぱらインターネット上のネットワークを利用したものである」という事実を上げた上で「ビットコインには空間の一部を占めるものという有体性がないことは明らかである」としました。

そして②排他的支配可能性についても、

「『送付されるビットコインを表象する電磁的記録』の送付により行われるのではなく、その実現には、PoWによる送付の当事者以外の関与が必要であり、「ビットコインの有高は、ブロックチェーン上に記録されている同アドレスと関係するビットコインの全取引を差引計算した結果算出される数量であり、当該ビットコインアドレスに、有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない」として、ビットコインアカウントの管理者が「当該アドレスにおいて当該残量のビットコインを排他的に支配しているとは認められない」としました。

そして結論としてビットコインには有体性および排他的支配可能性のどちらも認められないとして、原告はビットコインに対する所有権を有さず、破産管財人が管理するビットコインについての共有持分権の主張、破産法78条2項13号に基づく破産裁判所の許可請求などを全て退けました

本件はあくまでも裁判例であり、最高裁による判決=「判例」ではありませんが、現状国内では判例が存在せずビットコインの所有権を巡る判決はこの裁判例のみであることを考えれば、この判決の意義は非常に大きいものであると考えられます。

 

この事件についてより詳しく書いてあるのはこちらです。私は卒業論文にてビットコインの私法上の性質を書きましたが、その時にこの本には本当にお世話になりました。

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