【書評】『貨幣進化論-「成長なき時代」の通貨システム』は経済史と金融政策をまとめた名著。

仮想通貨、特にビットコインに関して初期の段階から暗号学・貨幣学・経済学などの見地で鋭い指摘をしてきた著名な大学教授に、岩村充氏がいます。

岩村氏は東京大学を卒業後日銀に入行、現在は早稲田大学で教鞭をとっています。ビットコイン開発以前の2002年に「ヒステリシス署名」を開発したことでも知られています。

岩村教授がビットコインを中心に、貨幣と中央銀行の未来について書いた「中央銀行が終わる日」については以前にこのブログでも紹介しました。

【書評】『中央銀行が終わる日ービットコインと通貨の未来』は日銀の金融政策を問い直す名著

この本は貨幣の「未来」について岩村教授が考えたことがまとめられていますが、今回は貨幣がどのような歴史を辿って今にいたるのか、歴史的な金融政策はどのように展開してきたのかが記されているこれまた名著と名高い『貨幣進化論-「成長なき時代」の通貨システム』に関して、簡単なまとめと個人的な感想を書こうと思います。

 

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本著は貨幣の歴史を紐解くものであり、アウトラインとしては以下のようになります。

  • 金本位制
  • ブレトン・ウッズ体制
  • 変動相場制
  • 「貨幣はどこに行く」

金本位制までの歴史

パンの木の島の物語ーシェル国の話

本著は単なる貨幣史や金融史の本ではなく、初心者にも手に取ってもらうために物語風に叙述することに重きを置いた本となっています。

そのため、本著は「パンの実」という木の実がなる架空の島で、物々交換の手段として貨幣=シェルが発達し、資本市場が成立し、貯蓄・投資・利子をつけるようになる方法、バンクの誕生、国債の発行にいたるまでの一連の流れを叙述しています。

貨幣が辿ってきた歴史をモデルで理解することができるため、この部分だけでも本著には読む価値があると個人的には思えました。

金本位制とそれ以前の貨幣

シェル国の物語でも語られるように、「お金」は当初物々交換の手段として発達します。そのため原始的な貨幣は貝殻=身につけることができる装飾品として誰もが価値を認めるものが選ばれていました。

現実世界でいえば金や銀などの金属で、それらの希少性が貨幣としての信用を担保していました。

この時代には貨幣材料の供給量が物価と金利の両方を支配していたことになりますが、その後の金本位制=金貨と結びついた銀行が発行する銀行券の登場により、金融政策が始まることになります。

17世紀末に設立されたイギリスのイングランド銀行は、フランスとの戦争の戦費調達のために「捺印手形」と呼ばれる利子のつく証券を発行していました。戦争が有利な局面になったことで、イングランド銀行の捺印手形は各地で流通するようになり、銀行券へと変貌を遂げます

この時の銀行券の信用の基礎は、それが金貨と引き換えられる(=兌換)という点からきています。そのため「金本位制」と呼ばれます。

産業革命後のピール銀行法により、イングランド銀行は銀行券の独占的な発行権を得、中央銀行となりました。この中央銀行が行う通貨・金融の安定のための政策を金融政策と呼び、金融政策自体もこの時期に開始されます。

中央銀行の役割を一口で言えば、現在の貨幣価値と将来の貨幣価値を交換することです。現在の価値と将来の価値を交換するのが金融の本質ですが、そうした交換を貨幣の世界で行うのが中央銀行の役目です。そして中央銀行は貨幣の独占的な供給者ですから、現在の貨幣と将来の貨幣の間の交換比率を操ることができます。これが中央銀行による金利のコントロールすなわち金融政策だということは理解していただけたでしょう。…金融政策でできることは、問題を先送りしたり先取りしたりすることであって、問題そのものを消してしまうことではありません。時間の流れの中での価値の乗り物である貨幣を作り、その貨幣に生じたニュースがイベントになるタイミングを操作する、そういう役目を担う存在なのです。(p.159-162)

金本位制を採用した諸国家では20世紀の戦争の時代において「戦争に起因するような大きな危機においては金兌換を停止し、危機が去ったら兌換を再開する」形で物価・金利の安定が図られていました。

ブレトン・ウッズ体制

第二次世界大戦末期に、戦後の経済体制を決めるべく開催されたブレトン・ウッズ会議においてドルを基軸とする金本位制(固定相場制)、国際通貨基金および世界銀行の設立が決定されました。

このドルを基軸とする固定相場制では、ドルがきんに対して平価を設定します。そして各国はこのドルに対して交換比率=為替レートを設定し、固定化させます(固定相場制)。

これだけだと金本位制と大差ないように見えるかもしれませんが、岩村教授によれば、大きな違いは以下の通り。

最も大きな違いは、この体制では誰もがドルを金貨に交換できる訳ではないということです。…ブレトンウッズ体制ではドルは金との間に平価を設定します。しかし、この平価でドルを金に交換できるのは、この体制に参加している国の通貨当局に限られます。通貨当局とは、通貨制度を管理している各国の政府と中央銀行のことです。日本だと当時の大蔵省すなわち今の財務省と日本銀行とが通貨当局です。ドルを金に交換請求できるのが通貨当局に限られるということは、普通の人々が請求できるわけではないということです。(p.168-169)

今の我々、特に若い世代の人にとっては金は金融商品として購入することが可能ですし、香港などに旅行に行くとたくさんの金のアクセサリーが売られていたりするためなかなかイメージがしづらいですが、世代によっては「海外旅行に行くたびに日本円をドルに替え、帰国したら日本円に戻していた」という人がいると思います。これは固定相場制ならではの仕組みです。

戦後から1960年代、ニクソン・ショックまでの時期はこのブレトン・ウッズ体制で経済は動いていました。

ニクソン・ショックと変動相場制

ブレトン・ウッズ体制が崩壊したのは、第4次中東戦争に基づくオイル・ショックで、ニクソン大統領が金とドルの兌換を停止する旨発表したことによります(ニクソン・ショック)。

この時から岩村教授の言葉を借りれば通貨は「金というアンカー(錨)を失」い、変動相場制へと移行しました。この変動相場制では政府への信頼が貨幣価値を繋ぎ止めています。

貨幣という仕組みを支えているのは、そのファンダメンタルズを提供して長期的な貨幣価値を支えている政府という役者と、金融政策を通じてその時間軸上の配分を決めている中央銀行という役者の役割分担なのです。

現在の日本で言えば、政府は自国通貨建てでの資金調達=国債発行を今のところ継続しています。しかしもし国債に売りが殺到する場合には、自国通貨建てでの資金調達が不可能となり、外貨建てでの資金調達に頼るしかありません。そうなると累積債務国として長期にわたる元利支払いに苦しむことになります。この点から岩村教授は「政府は信頼されなければならない」と繰り返し本著で述べるに至っています。

「貨幣はどこに行く」

ここまでは時に金融政策を絡めつつ貨幣の歴史を辿りましたが、最終章では貨幣の未来について、岩村教授なりの簡単な考察がまとめられています。

現在の金融政策は「経済が成長する」という前提で組み立てられたものであり、成長が鈍化している中でゼロ金利に近づき、なかなか効果をあげられていません(日銀のマイナス金利政策は本著の出版後)。

これは経済学用語でいう「流動性の罠」に陥っている状態であり、流動性の罠においてはゼロ金利である以上「金利を下げることで景気を上向かせる」ことができません。

そして岩村教授は流動性の罠の解決策として現物のように価値が目減りするデジタル貨幣の発行を提案しています。これはゲゼルの自由通貨論に基づいたものであり、そのための技術的な要素としてビットコインに言及し、本著を締めくくっています。

詳しくは次著『中央銀行が終わる日ービットコインと通貨の未来』に詳しいので、よろしければこちらもどうぞ。

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ビットコインに関してはこちらのイベントレポートが詳しいです。

関連記事:岩村充教授が語った、ビットコインとハイエクの貨幣論。ビットコイン、仮想通貨、ブロックチェーンをどう見ているのか?

本著では架空の島の物語で経済モデルを概観した後に現実世界で我々が使用する貨幣がどのような歴史を辿ってきたかが美しい文章でまとめられています。

岩村教授は一時期海外では「ビットコインの発案者サトシ・ナカモトはジャパンのミツル・イワムラだ」という噂までたったほどで、暗号通貨界の「知の巨人」とも呼べる人物です。貨幣の歴史を知りたい人、ビットコインや仮想通貨に関する理解を深めたい人、金融の歴史を知りたい人、はたまた私のような岩村先生のファンの人も(!)、皆が楽しめる意義深い本だと思うのでぜひ一読をお勧めします。

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岩村教授の書く文章は一文一文に無駄がなく何度も読み返したくなるため、普段Kindleで読書をしている人もぜひ手元に紙の本で残しておくのがおすすめです。