先日、Cryptoeconomics Labの落合渉悟さんが「Plasma, Stablecoin, CryptoLawが自己組織化させたもの」というタイトルの文章を公開していました。
この文章は本人が「最高到達点」と呼ぶほどの自信作だったようで、業界関係者からの反応も大きかったようです。
また星暁雄さんからこの落合さんの記事に関する解説記事も公開されました。非常に整理された内容であり、こちらも非常に高いPV数を記録しました。
しかしこの記事でなされた提案(以下、「落合提案」と呼称します)は私含め初見には非常に難易度が高く、理解へのハードルが高かろうと思われましたので、今回落合さんに直接質問して得られた落合提案の意義及び本記事の内容について、私なりの言葉にコンパイルして少しだけまとめておきたいと思います。
なお本記事はPlasmaの基本的な仕様をはじめとするイーサリアムに関する基本的な知識を理解していることを前提にしていますので、ご理解ください。
結局、落合提案は何が凄いのか
結論として、「で、要するにこの提案の何が凄いの?」という問いに対する答えを一言でまとめるならば、PlasmaオペレータをKYCをして現実世界の法人格として表出させることで、Crypto LawとPlasmaが結びついたことにあると思います。
またその具体的な応用としてLayer2でのスマートコントラクトにのみ0-confで信用することができるインセンティブ設計が提案されました。
以下解説します。
Crypto Law議論
そもそも今回の落合さんの議論は、「Crypto Law」に対する彼なりの結論である、という文脈を抑える必要があります。
Crypto Law議論というのはざっくり言えば「スマートコントラクトがサイファーパンクのための玩具で終わることなく、真に社会で使われるものになるためには何が必要なのか、マスアダプションへの普及に必要な要素は何か」という議論です。
economies 2.0の以下の記事が質が高く、唯一の日本語での記事ですので詳しくはこちらをどうぞ。
またこの議論の前提となる「スマートコントラクト」の単語の意味についてはこちらの記事をどうぞ。「Szaboって誰だよ」って方もこの記事をどうぞ。
関連記事:仮想通貨・ブロックチェーンにおける「スマートコントラクト」の単語の本質とは? |
日本では中々議論されてはいませんでしたが、イーサリアムのコアリサーチャーであるVlad氏やVitalikをはじめ、様々な人物がこれに対して意見を巻き起こしていました。
そんな中日本からCrypto Law議論の解決策の1つを提案したのが、この「落合提案」になります。
この点落合「提案」はCrypto Lawに対してなされているという前提を押さえておく必要があります。
落合提案で提案されていること
では以下落合提案(Litigable Protocol)の内容について書いていきたいと思いますが、さらにこの落合提案は彼が過去に議論した「Fast Finality」が下地になっていることも抑える必要があります。
Fast Finalityに関する議論
Fast Finalityというのは、オペレーターが資金をスマートコントラクトへ供託に出し、決済に失敗した場合でもその手数料のプールから埋め合わせることでファイナリティを保証するものです。
しかし「Fast Finality」では、Plasmaのオペレータが複数人だとゲーム理論的に破綻するため、Plasmaにおいてはオペレータがただ1人の方が良いという結論に至っていました。
落合さんの書いたこちらのnoteの記事をご覧ください。
さらにもともとのFast Finalityは店舗決済だけにしか使えない設計でしたが、それをさらに柔軟に利用できるようなトランザクションに応用することを可能にするために、現実世界での訴訟を可能にした(Litigable)というのが今回の落合提案になります。
この点、Fast Finalityの議論のメガ進化版が本提案であり、今回の提案でもただ1人のオペレータがいること=PoAを前提としています。
まずは、オペレーターがただ一人で資産を100%保全できるPlasma、つまり残高の所有権はユーザーにある明確なNon Custodialさがキモである。
加えて、そのオペレーターの素性を明らかにすることで、なにか不測の事態があったときの法的な責任が一意に定まる構造がスパイス。
ここで重要になるのは責任の所在です。
PlasmaはイーサリアムのメインチェーンのステートマシンにTxの存在履歴を記録し、不正への紛争を可能にしていることからメインチェーンと同レベルのセキュリティを実現しています。しかしこれはあくまでもオペレータが不正をしないという前提があればこそであり、仮に悪意を持ったオペレータが不正に子チェーンの資金を引き出そうとしたりした場合には、我々が子チェーンに預けている資産も危機に晒されます。
Plasmaではこの問題をexit gamesによって解決しました。我々が自分自身の資産をいざとなればメインチェーンにexitできるという安心感こそがPlasmaの本質なのです。
Plasmaはイーサリアムのメインチェーンのセキュリティを引き継いでいるからセキュアなスケーラビリティ解決策なのだが、それはオペレーターが不正しないという前提にあればこそ。オペレーターの不正ないしPoA以外の合意形式によるケンカが発生すれば話は別
だからexit gameの必要がある— megan㌠ (@sunteam097) March 29, 2019
その点を考えるとFast Finalityもその拡張版である本件落合提案においても、誰が何に対して責任を負っているのかを考えた時、常にPlasmaにおける不正を担う全責任はオペレータにあることがわかります。
ではこのオペレータが実際にはどのように責任を追うべきなのでしょうか?
この点、今回の落合提案では、Plasmaのオペレータをまとめ上げた現実世界の会社のようなもの(以下Plasmaオペレータ会社と呼びます)を現実世界で登記して「公開鍵を公開する」形でのKYC(もしくはkeybase)を行うことで、いざとなれば現実世界で訴訟を起こせるようにしている、というわけです。
まさにここで現実世界の経済、また商取引との接続の糸口が見えたわけです。
落合提案(Litigable Protocol)で実現される未来
まとめになりますが、落合提案(Litigable Protocol)ではPlasmaオペレータ会社を作り、いざとなれば現実世界の訴訟に持ち込むことができると言う形でCrypto Law議論の解決策を提示しているわけです。
この提案によって、Plasmaは単なる技術的なスケーラビリティ解決策のみならず、いわば「ソーシャルスケーラビリティの拡張」とも呼ぶべき潜在的破壊力を秘めた技術であると示されました。
星さんの記事の言葉を引用するならば以下のようになるでしょう。
提案手法のインパクトだが、「スマートコントラクトがHTTPくらい安価なものになる」とすれば、取引や紛争解決の自動化をごく手軽に進めることができ、今に比べてはるかに効率良く経済活動を回せる可能性が出てくるだろう。
落合さんは思想家でありますが、現実世界との設置点についても考えられたこの記事の内容は実現することが明言されているようですので、今後も動向には注目ですね。
自分の資産をいざとなればメインチェーンに戻せるという安心感こそPlasma使用のインセンティブであり、落合提案ではPlasmaオペレーター運営会社とも呼べるものが法人格を有し登記簿でKYCすることで現実世界との接地問題を解決する
— megan㌠ (@sunteam097) March 29, 2019
今回の記事を読んでいただいた方は、ぜひ星さんの解説記事と落合さんによって書かれた原文とその思考過程についての記事もお読みください。
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